我は怒りもて暁を駆ける

 俺はしがない私立探偵だ。
 と言っても興信所の所員でもなければ、街角に薄汚い看板をだした、なんとか秘密探偵社なんてものでもない。
 私立院米駄中学に席をおき、校内の事件、調査全て引き受ける、院米駄中学専属の私立探偵なのだ。
 その日も、ブタの餌のような給食を腹のなかにぶちこみ、机の上に足を投げだしているところへ、依頼人がやってきた。俺と同じ三年の利内三津夫だ。やつは俺の足を払いのけると、ポケットから千円札を取りだし、机の上に叩きつけた。
 「頼まれてくれないか」
 利内はあたりをはばかって小声で話したが、うまい具合に昼休みは、教室より廊下のほうが賑やかだ。
 俺は千円札を人さし指と中指の間にはさんで、顔の前で振りながら言った。
 「まあ、用件次第だな」 
 「ふん、実はだ、生徒会役員の汚職を調べて欲しい」
 「汚職?」
 「そうだ。やつらは役員の立場を利用しては、なにかというと先公におごってもらって甘い汁をすすっている。そして、その見返りとして先公たちの思い通りに俺たちを動かそうとしているんだ」
 ようやく俺にも合点がいった。利内は先年の役員選挙で落選している。現生徒会役員を摘発して、その後釜に座ろうとしているのだろう。
 しかし、そう気がついたことなど素振りにも見せず、俺は
 「なるほど。道理で最近やつらがお説教じみたことを言うと思いましたよ」
 「そこでだ、君の仕事は連中の不正行為の証拠をつかんで欲しい。成功報酬は二千円だ」
 「わかりました。引き受けましょう」
 俺は片頬に笑みを浮かべると、千円をポケットに突っこんだ。利内も笑うと、俺の肩を叩いて教室を出ていった。
 生徒の自主運営にまかせると称した生徒会なる組織は、その実、教師の都合のいいように規律を守らせようという会だから、もともと生徒からの反発も大きい。もし、利内の言うような不正行為があるとすれば、リコール運動などにより簡単に役員全員辞職に追い込まれるだろう。
 だが、そんな事情は俺には関係ない。放課後、鞄から商売道具の小型テープレコーダーを取りだすと、それを片手に俺は生徒会室に向かった。情報によると、今日は本部役員の打ち合わせがあるらしい。連中より先に会室にもぐりこんでいれば、いろいろと面白い話も聞けるに違いない。      生徒会室の前まできた俺は、足音を殺してドアに近寄ると、ノックをするなり、壁に身を寄せた。
 返事がない。
 ノブを回すと鍵がかかってなかった。すばやく室内に身をすべりこませる。
 部屋にはまだ誰もいなかった。
 室内を見回すと、ロッカーが目に止った。あの縦に細長いやつである。俺は人のいないことを確かめると、ロッカーの中に身を隠した。
 ロッカーの中はほこり臭かったが、ちょうど目の位置に穴があいていて、そこから覗くと室内の様子が手にとるようにわかり、盗み聞きには最高の場所だ。
 待つこと十五分。一人、二人と役員たちが集まってきた。俺はテープレコーダーのスイッチを入れた。
 「昨日ののり巻きは得をしたな」
 会長の石垣が、全員が集まるとそう言った。どうやら、話合いの前に雑談するらしい。
 その内容が望み通りのものになりそうな気配で、俺はほくそ笑んだ。
 「ああ、遅くまで仕事をさせられてくさっていたけど、内村先生におごってもらったから、まあまあかな」
 「まったく、ただ働きじゃやりきれんもんなあ」
 内村とは、三十前のくせに妙にじじ臭い教師だ。あの野郎、俺を遅くまでこき使った時は、終わった途端、こんなやつには何かやっても得にならんとばかりに追い帰したくせに。
 「でもさ、のり巻き一パックとはしけてんね」
 「職員室で茶がついたけどさ」
 「この間のショートケーキはよかった」
 その時、急に石垣が立ちあがった。
 「おい、静かにしろ。何か聞こえないか」
 「気のせいだろ」
 「いや、聞こえるぞ。なんだろう。モーター音らしいが」
 俺は狼狽したが、もう遅かった。
 石垣はロッカーの把手をつかむなり、引き開けた。俺はテープレコーダーを片手につかんだまま転がり出た。
 「キャー、山室よ」
 前に俺によってスキャンダルを暴かれたことのある女子役員が悲鳴をあげた。ちなみに山室というのは俺の名前だ。
 俺はすばやく立ちあがるとドアに向かったが、すでに書記の一人が立ちふさがっていた。
 「ずいぶんとなめたまねしてくれるじゃねえか。ここはもう通れねえぜ」
 「ちくしょう」
 「ふっ、じたばたするな」
 石垣は笑いを浮かべながら、俺に近づいてきた。
 「どうやら聞かれちまったようだな。ただじゃ帰さねえぞ。助かりたかったら、そのカセットテープを置いていきな」
 冗談じゃない。これを奪われたら、商売にならない。
 「さあ、どうする。テープを渡すか」
 石垣が返答をせまった。
 「ふん、いやだね」
 俺がそう断った途端、石垣の右ストレートが、いきなり俺の腹部に飛んだ。次の瞬間、ゴリッと鈍い音とともに、石垣は右手を抱えて床を転げまわっていた。こんなこともあろうかと、弁当箱をいれておいたのが役に立ったのだ。
 俺はこの時とばかり拳銃をとりだして、ドアに立ちふさがっている書記に突きつけた。
 書記は軽蔑した目で俺を見てあざ笑った。
 「へっ、おもちゃのピストルじゃないか。そんなものでどうするつもりだ」
 「それを言うなら水鉄砲だろ。それに子供用じゃないぜ」
 言うが早いか、俺は引金を引いた。銃口から赤い液体がほとばしり、書記のワイシャツを赤く染めた。少し角度を変えて書記の顔を狙うと、やつはワッと叫んで顔を押さえた。
 そのひるんだすきに俺は首筋に力いっぱい手刀をくわえた。グオッと一声叫んでやつは倒れた。すかさず俺はドアを引き開けた。
 「その赤いのは時間がたつと消えるインクだから心配ない。邪魔したな」
 そう言い残して走りだした。後ろから「待てっ」と声がしたが、待つバカはいないだろう。教室にすべりこむと鞄をつかんで、一目散に校内から逃げだした。別に反撃が怖いわけではないが、なにしろ今、こちらはテープを持っている。奪われでもしたら大変だ。見栄よりビジネスである。
 俺はその足で利内の家に向かった。
 「おお、これでやつらを陥れることができる」
 利内は飛びあがって喜んだ。俺も成功報酬二千円を手にいれて、ほくほく顔だ。
 次の日から利内の生徒会攻撃が始まった。放送委員会、新聞委員会を使ったやつの戦いぶりは巧みで、たちまちのうちにリコール要求、役員全員の免職となった。その後の選挙では利内とその一派が当選し、生徒会を牛耳るようになった。しかし、そんな動きなど、俺は完全に超越していて、気にも止めなかった。結局、俺は金にしか興味がない。
 それからしばらくしたある日、俺が給食を終えて、机に足を投げだしていると、足を払いのけるやつがいた。
 「なにしやがる」
 起きなおる俺の目の前で、千円札がひらひらと宙を舞った。それをつまんでいる手の持ち主は石垣であった。
 「生徒会本部の弱みをさぐってくれ。成功報酬は二千円だ」
 そう言って石垣はにやりと笑った。どうやらこの分では、俺の仕事はなくなりそうにもなさそうだ。